「作りたい」という渇望が、誰かの居場所を作る技術へ
梅村時空、2003年生まれ。
小学3年生の時、突如として「ゲームが作りたくてたまらない」という衝動に襲われ、小学校の図書室にあったPCで「ゲーム
作り方」と検索し、「RPGツクール」なるものの存在を知り、居ても立ってもいられず、その日のうちに中古ショップを何軒もハシゴして「RPGツクールDS」を購入しました。
そこからは宿題もやらずにゲームづくりに没頭する日々でした。しかし、次第にDS版の機能だけでは物足りなくなっていき、実家にあったWindows
XPのパソコンで「WOLF
RPGエディター」というフリーソフトを始めました。
当時、だいたい2012〜2013年ごろの小学生コミュニティでは妖怪ウォッチが大ブームで、Windowsのフリーソフトで作れるゲームというのは2DのRPGばかり。
学校の友達や家族に作ったものを見せてもあまり良い反応はもらえず、非常にむずかゆい気持ちになったことを覚えています。
小学4年生に上がり、2DのRPGを制作することに対して満足できなくなっていた僕は、周囲で流行っている3Dゲームを開発するため、C言語とDxライブラリを用いたプログラミングに挑戦し始めました。
そこからは意外とトントン拍子でプログラミング能力が向上していく中で、近所のイオンに入っていた本屋で「Unity4」の入門本「ひよこ本」を見かけ、当時あまり一般的ではなかったUnity
4にチャレンジ、その後は2015年に無償化されたばかりのUnreal Engine
4の存在を小学5年生ごろに知り、さわってみるなど、新しいソフトウェア技術への探究を深めていました。当時はハイスペックなPCを持っておらず、3D系のツールは動作が重くて苦労した覚えがあります。
そして生活の中心は完全に「遊ぶこと」から「創ること」へ。しかし、田舎の小学生にとってそれは「孤独」との戦いでもありました。
周りに話が通じる友人がいない。
中学生になると、「仲間が欲しい」。その一心で、活動の場を求めて岐阜から大阪のゲームジャムまで遠征したり、中学3年生ではUnity社が公式に主催する「Unityインターハイ」で決勝進出を果たして東京へ。そこで初めて出会った「本気で語り合える仲間」の存在が、僕に将来の東京行きを決意させました。
そして2020年、新型コロナウィルスの流行が始まりました。
世界的なパンデミックで、当時高校2年生だった僕は東京へ足を運ぶことが一切出来なくなってしまったのです。
ようやく見つけた仲間との物理的な繋がりが絶たれてしまい、強い孤独に苦しみました。
このコロナ禍で思い浮かんだのが「会えないなら、離れていても隣にいるように作ったゲームを見せ合えて、一緒にゲームを作れる場所を、"自分で作ればいい"」、
その執念が、僕が後に開発することとなる「キリンエンジン」の着想そのものです。
ネットワーク越しにリアルタイム共同編集が可能なゲーム制作ツール「キリンエンジン」
このプロダクトを開発し、未踏ジュニア2021に採択されスーパークリエイター認定。
2024年3月には資金調達を経て株式会社キリンジーを創業し、かつての念願通り、東京での挑戦をスタートさせました。
僕が作りたいのは、単なるゲームやツールではありません。
かつて独りでPCに向かっていた自分が求めていたような、ものづくりを通して人と人とがつながり、役割を持ち、熱狂できる「居場所」そのものです。
そのためには、これからも技術という武器を磨き続けることが大切だと感じております。